東京 ゲストハウス の性質

東京 ゲストハウス の性質

今やトキのごとき″しぼる″も、普むかしのそのまた昔、御先祖様がこの列島で初めて住まいを作ったとき、″しぼる≠アそが先端技術だった。
石の斧で栗の丸太を切ってきて、地面に掘った穴に立てて柱とし、次にその上に水平に差し渡して梁とし、さてこのふたつの材をどうつなぎ留めればいいのか。
つなぎ留めないとズレて落ちてしまう。
今の建設現場の主任なら、ボルトで締めるだろう。
これが一番簡単で強い。
少し前の主任なら、大工さんに言って柱の頭にホゾ′(凸状の突起)を切り、梁の方にはホゾ穴をあけて、ギッと差し込む。
ついでに言うと未来の建設現場では接着剤で留めておしまいになるかもしれない。
では、ボルトもノミもノコギリも接着剤もないころの御先祖様はどうすればいいのか。
磨製石器でホゾとホゾ穴を作ることはできるが、それだけではすぐ抜けてしまう。
幸いしぼる技術があった。
身近な技術としてしぼることが広く行われていた。
たとえば、獲物をとるための弓矢。
矢の先端には黒曜石の矢尻が樹皮でしぼって固定され、後ろには矢羽が同じくしぼられ、その矢をつがえる弦は、弓の両端にしぼり付けられている。
そして、獲れたイノシシは脚をしぼり、棒を通して二人でかついで家へと急ぐ。
しぼる技術の発達を可能にしたのはナワの存在で、一本一本は弱くて短い草や樹皮でも、ナワになわれると引っぱり強度は飛躍的に増大するし、長さも必要なだけ伸びる。
これはもう原始人にとってはほとんど魔法のようなもの。
物と物をつなぎ留めるほとんど唯一の技術であった″ナワでしぼる″は、原始社会にあっては魔法的先端技術として敬意をもって扱われていたに相違ないし、こうした敬意があればこそ、土器の表面に転写されて縄文土器が生まれ、あるいは聖なる場を画すための注連縄として張られたのだろう。
身近かつ魔法のようなしぼる技術によって、柱の上に梁を固定させることができた。
さらに、梁への垂木の固定もしぼる、垂木への横棒の固定もしぼる、横棒への茅の固定もしぼる。
どこでもしぼる。
日本列島の最初の建物は、しぼってしぼってひたすらしぼって造られていたのである。
こうした古来のしぼりを現在見ようと思ったら、飛騨高山の合掌作りの屋根裏に登ってみたらいい。
あの大きな屋根を支える丸太材は、ナワでしぼられているだけ。
ホゾや金物による接合に憤れた目には不安になるが、ゆるみそうで大きくはゆるまないし、切れそうで建物がバラバラになるほどは切れない。
最初の建物はしぼって造られていたのだが、磨製石器そして本格的には鉄の切削道具の出現によって木組みが可能になり、しぼる技術は建物本体からは追放されて外回りの丸太足場でしか生きられなくなり、さらに足場の鉄製化によってついに建築の世界から消えていった。
しかし、私は、この亡びた技術にちょいと関心が湧いてきている。
きっかけはわが家の工事だ。
御存じの読者もいると思うが、わが家は(タンポポ・ハウス)とも呼ばれ、壁から屋根にかけてタンポポが帯状に植えられているのだが、そのタンポポの帯と帯の間には鉄平石が二枚、羽重ねにして取り付けられている。
問題はこの鉄平石を下地のステンレスのバーにどう固定するかで、当初は、ボルトで締めて取り付けようと考えたが、そうすると、凸凹のはげしい自然石の正確な位置に穴を開ける精密加工が必要になるが、そんなことは建築ではできない。
正確に穴を開けたとしても、ボルトで締めるとちょっとした変形ですぐにパリッと割れてしまう。
形状にばらつきのある自然の素材を、均質精密を旨とする工業製品で固定するのはどうも無理があるのだ。
そこで、しぼる″を試すと、なかなか具合がいい。
具体的には、鉄平石の大体の位置に開けた穴にステンレスの針金を通して下地のバーにしぼり付けるのだが、現代のナワともいうべき針金だから不定形な状況に合わせて身をよじりながら物と物をつなぐことができるし、変形に対しても適当にゆるむことで追随し、物を破壊にいたらしめない。
赤瀬川原平さんの(ニラ・ハウス)の茶室では、マキ(燃やすマキ)をアーチ状に積み上げて天井とする奇策に打って出て、マキ固定法の試行錯誤を重ねて、結局、最後はしぼる≠ノ行き着いて実現することができた。
この時しぼる≠ヘシロートにも十分可能であることを知った。
バラつき、ゆるみ、シロート、こういう言葉が大手をふるうような世界にふさわしいのがしぼる″なのである。
今気づいたのだが、物の世界でのしぼるは、会社や学校などの人間社会でのしぼる≠ニ正反対の意味を持っている。
二十一世紀には、人間社会ではしぼる≠ェ消え、建築世界ではしぼるが復活するといいのだが。
日本の伝統建築では竹がよく使われてきた。
見えないところでは、土壁の下地に竹の木舞が組まれ、茅葺きの下地にも使われ、板の代わりに竹を並べて床としその上にゴザを敷く技術もあった。
裏方だけでなく、表にも進出し、とりわけ茶室は竹の晴れ舞台で、床柱、落とし掛け、垂木、棚の釣り手、窓の格子、水屋の流し台、などなど至るところに顔を出す。
かの桂離宮の中で最も重要を場所として知られる、池に向かって張り出す月見台≠ヘ、丸竹を並べただけの作りになっている。
こうした建材としての竹の利用は、世界的には意外に珍しく、東南アジアから日本までの地域が中心になる。
これらの地域では、現在でも利用は盛んで、中国の南部や台湾には、柱から梁から床から壁から扉から屋根まで全て竹という家がある。
私は中国で一例だけ見たことがあるが、一番たまげたのは屋根の葺き方で、半分に割った竹の節を抜き、凹凸を交互に重ねて並べ、竹の瓦を作っていた。
中国の南方の木造建築は独特の木の組み方をしているが、それは竹の家の作り方から発達したと主張する中国建築史家もいるくらいだ。
竹の瓦を見ていると、ここから焼き物の瓦が出た、と言われればそんな気になる。
しかし、竹の生える地域の人類は木よりも早く利用していたと早合点してもらってはこまる。
たしかに、竹の性能は原始人向きで、太いのは柱や壁に、細いのは並べて床に使えるし、割って広げて編めば、壁にも扉にもなるし、おまけに木のように削る作業が必要なくそのまま仕上げることができる……のではあるが、忘れてはならないのは道具のことで、いかんせん木のように石器で伐ることができない。
伐ろうとすれば潰れるだけ。
竹は鉄器がないと、そもそも伐り出すことがむずかしいのだ。
竹のちゃんとした利用は、縄文時代には無理で、鉄の斧やノコギリが登場する弥生時代以後ということになる。
日本の場合、竹の利用はおそらく水田稲作と共に始まっている。
廿そのものが水田稲作と共に渡ってきた可能性すらあるのだ。
竹にもいろいろあるが、建材としての利用ということになると孟宗竹と真竹の二つに絞られ、筍としても有名な孟宗は江戸時代に鹿児島に入っている。
強く真っ直ぐゆえ、何に使おうと最も役立つことから真の竹″の称号を日本人が贈った真竹は、いちおう日本の自生ということになっているが、桶樽の歴史の研究者の石村真一博士は、桶樽のタガ用に中国から持ち込んで人為的に栽培されて全国に広まったのではないかとの説を出している。
傍証として、真竹が山にも生えうるのに、人里近くにしか生えていないことを挙げておられる。
真竹の由来はともかくとして、竹の利用法は、水田稲作、鉄器と一緒に弥生時代にスタートしたと考えていい。

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